カントにおける「自己自身に対する義務」─慮への問い─
林克樹
文化學年報(同志社大学文化学会編), (71) 1 - 24, 2022年03月
カントにおける「目的自体」─批判的形而上学に属する概念─
林 克樹
人文學(同志社大学人文学会編), (第207号) 1 - 21, 2021年03月
カントにおける実践理性の法的要請 ─「理性の事実」からの演繹─
林 克樹
文化學年報(同志社大学文化学会編), (第68輯) 37 - 57, 2019年03月
Leib und Handeln im Buddhismus: Erlösung durch Selbstgewahrung
Katsuki Hayashi
Fichte-Studien, 46 162 - 187, 2018年
ショーペンハウアーと涅槃
林克樹
人文學, (201) 43489 , 2018年
ショーペンハウアーにおける「生への意志の否定」─大涅槃の影像─
林克樹
文化學年報(同志社大学文化学会編), 同志社大学文化学会, 65(65) 59 - 80, 2016年
イデアと身体─ショーペンハウアーにおける意志の自己認識─
林克樹
哲学論究(同志社大学哲学会編), 同志社大学哲学会, (29) 55 - 72, 2015年
カントにおける神の理念と「内在的超越のキリスト」
林克樹
文化學年報(同志社大学文化学会), 同志社大学文化学会, 64(64) 79 - 100, 2015年
カントと自然倫理学─「コルプス・ミスティクム」による人格概念の拡張─
林克樹
人文學(同志社大学人文学会), (192) 43489 , 2013年
カントの「全体論的(holistisch)」思考と超越論的対象
林克樹
文化學年報(同志社大学文化学会), (64) 48 - 63, 2013年
カントの第三アンチノミー解決における「超越論的対象」の意義
林 克樹
人文学(同志社大学人文学会), 同志社大学, 187 43484 - 19, 2011年
カントにおける道徳法則の表象と意識
林 克樹
人文学(同志社大学人文学会), (185) 43488 , 2010年
カントにおける「目的の国」と身体の問題
林 克樹
文化学年報(同志社大学文化学会), 同志社大学文化学会, 58(58) 119 - 138, 2009年
カントにおける超越論的対象─純粋理性の関心事としての或るもの─
林 克樹
文化学年報(同志社大学文化学会), 同志社大学文化学会, 57(57) 123 - 143, 2008年
カントにおける純粋活動性と自由
林 克樹
人文学(同志社大学人文学会編), (179) 121 - 138, 2006年
良心教育としての哲学教育
林 克樹
同志社哲学年報, 同志社大学, 29(29) 36 - 55, 2006年
仏教における行と業、それらと身体の関係─現象学的解明の試み─
林 克樹
人文学(同志社大学人文学会編), (177) 43487 , 2005年
罪業の束としての身体─「社会的身体」の存在論のために─
林 克樹
社会科学(同志社大学人文科学研究所編), 同志社大学人文科学研究所, (72) 471 - 494, 2004年
カントにおける命法と自己の存在
林 克樹
人文学(同志社大学人文学会編), (173) 43485 , 2003年
カントの超越論的主観は一般者か
林 克樹
人文学(同志社大学人文学会編), (170) 43490 , 2001年
道徳法則の「意識」とは何か─現象学を踏まえた解釈の試み─
林 克樹
文化学年報, 同志社大学文化学会, 49(49) 61 - 79, 2000年
超‐主観的なものの現象学─フッサールとシュミッツ─
林 克樹
現象学年報(日本現象学会編), (16) 65 - 82, 2000年
フッサールにおける主観性と人格
林 克樹
現象学年報(日本現象学会), 13 87 - 98, 1997年
主観なき自己意識─H・シュミッツのフィヒテ論を手がかりに─
林 克樹
フィヒテ研究(日本フィヒテ協会), 5 60 - 75, 1997年
フッサールの「根源的意識」における<「我あり」の意味>
林 克樹
哲学(日本哲学会), The Philosophical Association of Japan, 45(45) 233 - 242, 1995年03月
H・シュミッツにおける「様相時間(Modalzeit)」の概念
林 克樹
阪南論集, 阪南大学学会, 28(4) 101 - 107, 1993年
フッサールにおける「根源的意識(Urbewusstsein)」の問題
林 克樹
同志社哲学年報, 15 40 - 53, 1992年
ヘルマン・シュミッツのフィヒテ論─「根源的洞察」に対するもう一つの解釈─
林 克樹
哲学論究, 9 85 - 104, 1991年
行為の自然面─情態性・気分性の問題に定位して─
林 克樹
倫理学研究, 19 39 - 50, 1989年
フッサールにおける「世界信(Weltglaube)」の概念─その止揚不可能性の根拠について─
林 克樹
文化学年報, 同志社大学文化学会, 38(38) 129 - 145, 1989年
現象学的体験の記述可能性の問題─フッサールの「超越論的論理学」を手がかりとして─
林 克樹
哲学論究, 7 40 - 54, 1987年
生世界の現出論的考察の意義について
林 克樹
同志社哲学年報, 8 31 - 45, 1985年