17世紀後半から18世紀フランスにおける民衆学校教育の展開とその背景―キリスト教学校修士会を中心に―
越水雄二
教育文化, (32) 62 - 84, 2023年03月, 研究論文(大学,研究機関等紀要)
18世紀フランスにおけるシャルル・ロランの歴史教育論
越水雄二
教育文化, (30) 270 - 291, 2021年03月
フランス18世紀前半における女子教育思想の展開 ―シャルル・ロランの女子教育論を中心に
越水雄二
教育文化, (29) 1 - 24, 2020年03月
『テレマックの冒険』にみるフェヌロンの教育思想 (沖田行司教授退職記念号)
越水 雄二
教育文化, 同志社大学社会学部教育文化学研究室, (28) 347 - 326, 2019年03月
フランス語圏での子どもの2言語併用教育をめぐる議論 (井上智義教授退職記念号)
越水 雄二
教育文化, 同志社大学社会学部教育文化学研究室, (27) 209 - 190, 2018年03月
シャルル・ロラン著『トレテ・デ・ゼテュード』の受容からみるフランス近代公教育の形成過程 : 革命期から復古王政期まで
越水 雄二
教育文化, 同志社大学社会学部教育文化学研究室, (26) 18 - 38, 2017年03月
言語教育における地域語・国語・国際語の関係性 : 《三角測量》の前提としての日仏比較
長谷川 精一; 越水 雄二
教育文化, 同志社大学社会学部教育文化学研究室, (26) 39 - 60, 2017年03月
シャルル・ロランCharles Rollinの教育論 : フランス近代公教育の形成過程を考察するために
越水 雄二
教育文化, 同志社大学社会学部教育文化学研究室, (24) 15 - 36, 2015年03月
言語教育と地域語との関係に関する比較史的考察
長谷川 精一; 越水 雄二; 北澤 義之
相愛大学研究論集, 相愛大学総合研究センター, 31 17 - 28, 2015年
アンシァン・レジーム期フランスの図書館事情 : 革命期公教育構想の背景を探って
越水 雄二
教育文化, 同志社大学社会学部教育文化学研究室, (23) 71 - 50, 2014年03月
「コンドルセの公教育構想が目指したもの―生涯学習による公教育の止揚―」
越水 雄二
『教育文化』, (21) 187 - 206, 2012年
19世紀ブルターニュの学校教育--《三角測量》の比較教育史へ向けて
越水 雄二
教育文化, 同志社大学社会学部教育文化学研究室, (18) 88 - 108, 2009年03月
モンテスキュー『法の精神』における教育論
越水 雄二
教育文化, 同志社大学社会学部教育文化学研究室, (17) 21 - 43, 2008年03月
フランス18世紀におけるリテラシー環境--近代教育システムの形成過程をめぐって
越水 雄二
教育文化, 同志社大学文学部教育学研究室, (15) 256 - 238, 2006年03月
問われる「共和国の学校」≪L'Ecole de la Republique≫--フィリップ・メイリュウPhilippe Meirieuの思索から (課題研究報告:フランスにおける学校論の現在)
越水 雄二
フランス教育学会紀要, フランス教育学会, 17(17) 49 - 58, 2005年
「子どもの人間形成と家族―フランスの〈複合家族〉から―」
越水雄二
伊藤忠記念財団調査研究報告書(『21世紀を展望した子どもの人間形成に関する総合的研究』), (36) 159 - 175, 2001年03月, 研究論文(研究会,シンポジウム資料等)
WOMEN AND CHILDREN IN ROUSSEAU'S THEORY OF EDUCATION
Koshimizu Yuji
Lifelong education and libraries : international scholarly journal with international editorial board, 京都大学, 1(1) 15 - 19, 2001年03月, 研究論文(学術雑誌)
「フランス革命前夜の「助教員」論―メルシエとプロワイヤールの著作から―」
越水雄二
関西教育学会紀要, (21) 71 - 75, 1997年06月, 研究論文(学術雑誌)
「カンパン夫人の公教育論―フランス近代公教育の形成過程を解明するために―」
越水雄二
関西教育学会紀要, (20) 61 - 65, 1996年06月, 研究論文(学術雑誌)
プロワイヤ-ルの『公教育論』--フランス近代公教育の形成過程を解明するために
越水 雄二
京都大学教育学部紀要, 京都大学教育学部, (42) 123 - 132, 1996年03月
「ジェズイット追放後のルイ・ル・グラン=コレージュ―フランス近代公教育の形成過程に関する一考察―」
越水雄二
関西教育学会紀要, (19) 71 - 75, 1995年06月, 研究論文(学術雑誌)
「18世紀後半フランスの公教育論に関する一考察―クレヴィエによるラ・シャロテ『国民教育試論』への論難―」
越水雄二
日仏教育学会年報, 23(1) 50 - 58, 1995年03月, 研究論文(学術雑誌)
「フランス18世紀後半における公教育論の展開―コレージュ教師による議論を中心に―」
越水雄二
1994年03月, 学位論文(修士)
ジャン=バティスト・ド・ラ・サール『キリスト教学校の指導方針』第三部について
越水雄二
教育文化, (33) 72 - 84, 2024年03月, 速報,短報,研究ノート等(学術雑誌)
書評 和崎光太郎著『明治の〈青年〉 : 立志・修養・煩悶』
越水 雄二
関西教育学会研究紀要, 関西教育学会, (18) 74 - 79, 2018年
「教育史研究の新たな船出」へ向けて
越水 雄二
日本の教育史学, 教育史学会, 60(0) 118 - 120, 2017年
研究ノート「シャルル・ロランの教育論を日本語でいかに呼ぶか : 通称"Traite des etudes"の訳語について」
越水 雄二
教育文化, 同志社大学社会学部教育文化学研究室, (25) 72 - 82, 2016年03月
神山栄治著, 『フランス近代初等教育制度史研究 1800-1815』, 学術出版会, 2009年7月, 630頁, 8400円
越水 雄二
日本の教育史学, 教育史学会, 53(0) 189 - 192, 2010年
図書紹介1 ≪L'aventure de la paternite≫ le Nouvel observateur, hors-serie n 49, decembre 2002/janvier 2003
越水 雄二
フランス教育学会紀要, フランス教育学会, (15) 96 - 99, 2003年
〈コレクション紹介〉「フランス教育史コレクション」(京都大学教育学部図書室所蔵)2
越水 雄二
フランス教育学会紀要, フランス教育学会, (11) 133 - 138, 1999年
<コレクション紹介>「フランス教育史コレクション」(京都大学教育学部図書室所蔵)1
越水 雄二
フランス教育学会紀要, フランス教育学会, (10) 105 - 110, 1998年
フランス教育システムの歴史
Troger, Vincent; Ruano-Borbalan, Jean-Claude; 越水, 雄二
白水社, 2024年03月
『ことばを編む』
西岡宣明; 福田稔; 松瀬憲司; 長谷信夫; 緒方隆文; 橋本美喜男編
開拓社, 2018年02月, 共著, 「シャルル・ロラン(1661-1741)のフランス語教育論」
「林竹二―教育の再生をもとめて―」
越水 雄二; 沖田行司ほか
『人物に見る日本の教育』ミネルヴァ書房, 2012年, 共著, 251-260
「長田新―ペスタロッチーに還れ―」
越水 雄二; 沖田行司ほか
『人物に見る日本の教育』 ミネルヴァ書房, 2012年, 共著, 231-240
フランス啓蒙期から革命期にいたる教育思想の発展
越水 雄二; 古沢常雄; 米田俊彦; ほか。
教育史(教師教育テキストシリーズ)学文社, 2009年, 共著, 55-61, 学術書
日本の近代教育と西洋教育思想
越水 雄二; 沖田行司; 吉田亮; 井上智義; ほか
『教育文化学への挑戦(第二版)』明石書店, 2008年, 共著, 44-71, 学術書
「ジャン=バティスト・ド・ラ・サールの教育思想―フランス近代学校教育の形成過程をめぐって―」
教育史学会第66回大会, 2022年09月24日, 2022年09月24日, 2022年09月25日, 口頭発表(一般)
「17世紀後半から18世紀フランスにおける民衆学校教育の進展―キリスト教学校修士会の活動を中心に―」
越水雄二
教育史学会第65回大会, 2021年09月, 口頭発表(一般)
「シャルル・ロランとルソー―18世紀フランスにおける教育思想の展開をめぐって―」
越水雄二
教育史学会第64回大会, 2020年09月, 口頭発表(一般)
「18世紀フランスにおける公教育論の背景と展開―シャルル・ロラン(1661-1741)を中心に―」
越水雄二
教育史学会第63回大会, 2019年09月, 口頭発表(一般)
「シャルル・ロランにみるフェヌロン教育思想の受容―18世紀フランス教育思想の展開をめぐって―」
越水雄二
教育史学会第62回大会, 2018年09月, 口頭発表(一般)
「シャルル・ロランのリベラリスム―18世紀フランス教育史の一断面―」
教育史学会第61回大会, 2017年10月, 口頭発表(一般)
指定討論「教育史研究の新たな船出―教育史研究はどこへ向かうべきか―」
越水雄二
教育史学会第60回大会記念国際シンポジウム, 2016年09月, シンポジウム・ワークショップパネル(指名)
「シャルル・ロランの教育論からみたフランス近代公教育の形成過程」
越水雄二
教育史学会第59回大会, 2015年09月, 口頭発表(一般)
「匿名の『公教育論』De L'education publique(1762)に関する考察」
越水雄二
教育史学会第57回大会, 2013年10月, 口頭発表(一般)
「シャルル・ロランの『学校教育論』(1726-1728)に関する考察」
越水 雄二
教育史学会第56回大会, 2012年, お茶の水女子大学
「18世紀後半におけるフランス公教育思想の展開」
越水 雄二
教育史学会第55回大会, 2011年, 京都大学
「ブルターニュにおける近代教育とブレイス語」
越水 雄二
教育史学会第54回大会コロキウム「《三角測量》による比較教育史の試み―沖縄・ヨルダン・ブルターニュ―」での報告, 2010年, 早稲田大学
「ブルターニュと近代公教育」
越水 雄二
教育史学会第53回大会コロキウム「《三角測量》による比較教育史の試み―沖縄・ヨルダン・ブルターニュ―」での報告, 2009年, 名古屋大学
「ロラン・デルスヴィルの公教育論―18世紀フランス教育思想の展開をめぐって―」
越水 雄二
教育史学会第53回大会, 2009年, 名古屋大学
「19世紀ブルターニュの学校教育」
越水 雄二
教育史学会第52回大会コロキウム「《三角測量》による比較教育史の試み―沖縄・ヨルダン・ブルターニュ―」での報告, 2008年, 青山学院大学
「ロラン・デルスヴィルの報告集からみたフランス近代公教育の形成」
越水 雄二
教育史学会第51回大会, 2007年, 四国学院大学
「ロラン・デルスヴィルの『教育報告集』(1783)―フランス近代教育システムの形成過程を考察するために―」
越水雄二
教育史学会第49回大会, 2005年10月, 口頭発表(一般)
「〈教育の平等〉への希望と幻滅を超えて―公教育の機関としての学校の課題―」
越水雄二
フランス教育学会第22回大会シンポジウム, 2004年09月
「フランス近代教育システムの基盤形成に関する考察―18世紀後半における教育改革の動向に着目して―」
越水雄二
教育史学会第47回大会, 2003年09月, 口頭発表(一般)
「フランス近代教育システムの形成過程に関する一考察―J・F・シャンパーニュ『公教育の制度化に関する見解』(1800)から―」
越水雄二
教育史学会第45回大会, 2001年10月, 口頭発表(一般)
「ルソー教育論における子どもと女性」
越水雄二
日本教師教育学会国際シンポジウム「教育空間と教師教育の転換」第二分科会〈市民教育〉, 2000年03月, シンポジウム・ワークショップパネル(公募)
「カンパン夫人から見るフランス教育史―近代公教育の形成過程をめぐって―」
越水雄二
関西フランス史研究会第23回大会公開講演, 1997年10月
「フランス18世紀後半における公教育論の展開―コレージュ改革の動向と関連付けて―」
越水雄二
教育史学会第41回大会, 1997年10月, 口頭発表(一般)
「フランス革命前夜の「助教員」論―メルシエとㇷ゚ロワイヤールの著作から―」
越水雄二
関西教育学会第48回大会, 1996年10月, 口頭発表(一般)
「カンパン夫人の公教育論」
越水雄二
関西教育学会第47回大会, 1995年10月, 口頭発表(一般)
「ジェズイット追放後のルイ・ル・グラン=コレージュ―フランス近代公教育の形成過程に関する一考察―」
越水雄二
関西教育学会第46回大会, 1994年11月, 口頭発表(一般)
「ラ・シャロテ『国民教育試論』に対するクレヴィエの論難―フランス18世紀後半における公教育論の展開に関する一考察―」
越水雄二
日仏教育学会1994年度研究大会, 1994年09月, 口頭発表(一般)
キリスト教学校修士会の思想と実践からみるフランス近代学校教育の形成
越水 雄二
日本学術振興会, 科学研究費助成事業 基盤研究(C), 2022年04月 -2026年03月, 基盤研究(C), 同志社大学
言語教育における単一言語主義から複言語主義への変容に関する比較史的研究
長谷川 精一; 越水 雄二; 北澤 義之
本年度には、日本に関しては、ブラジル人をはじめ、南米、アジア各国から多くの外国人労働者が流入した都市の事例として、磐田市多文化交流センターでの聴き取り調査を行った。同センターではスタッフ、外国人及び日本人の児童・生徒、住民によって複数の言語が併用されている。今後、他の事例についても調査することによって、今後の日本社会のダイバーシティについて考察していきたい。
アラブ地域に関しては、アラビア語とアラブアイデンティティの関係に関する資料収集を行った。言語をめぐる社会統合に関しては、公用語としてのアラビア語と方言としてのアラビア語の二重構造が特徴になる。その一方で、実際にアラビア語話者によるコードスイッチがあることに注目した研究があり、コードスイッチを複数言語主義の前段階とみなすならば、複数言語主義の研究を発展させるうえで重要性を持つ。さらにコードスイッチは同一言語(文語と口語)だけでなく、異言語間の転換(英語、アラビア語、フランス語、ヘブライ語等)についても検討する必要がある。なお、アラブ諸国においては、アラビア語は同一言語を共有するという一般的認識が強く影響力を持ってきた。また、脱植民地化のプロセスの中で脱外国語と、アラビア語使用の推進が重視されてきた。しかし時間の経過とともに、旧来の脱植民地の主張や言説は、徐々に影響力を失いつつある。他方、たとえばアラビア語話者の会話において、同一個人が場面に合わせてアラビア語を使い分ける、あるいは英語に転換するという場面がみられるようになってきた。また、グローバル化に伴って、場所によっては現実に英語の浸透をめぐる変化が起きている。このような新たな局面は本来のアラビア語の二重構造に加えて、多層的な言語使用状況をもたらすことになる可能性がある。他地域の言語使用状況との比較により、この問題の考察を深める必要がある。, 日本学術振興会, 科学研究費助成事業 基盤研究(C), 2018年04月 -2021年03月, 基盤研究(C), 相愛大学
1720年代から1820年代フランスにおける市民教育論の形成に関する研究
越水 雄二
本研究は、1720年代から1820年代へかけてのフランスにおける教育思想の展開を〈市民教育〉論の形成を探る観点から考察する試みであり、次の二つの作業を言わば両輪として進めてきた。一つはルソーやエルヴェシウスなど18世紀の著名な思想家による教育論を〈市民教育〉の側面で検討する作業、もう一つは19世紀前半のこれまで日本では知られていない教育論を新たに読み解く作業である。後者に関しては、〈市民教育〉を女性の存在および女子教育も含めて捉える意図から、カンパン夫人とギゾー夫人の作品を史料に選んでいる。
2018年度には、上記二つの作業の成果を総合して今後の考察を進めるため、17世紀末から18世紀前半に活躍し作品は19世紀まで広く読まれていた、フェヌロン(1651-1712)の教育思想とその後世における受容を新たに研究した。この狙いは、従来、彼の『女子教育論』(1689)は18世紀を通じて参照されて、貴族社会の伝統的な主張として19世紀へ継承されたと言われてきた点を、カンパン夫人とギゾー夫人による議論において検証することと、彼の『テレマックの冒険』(執筆1690年代、全巻公刊1719)に見られる教育思想が18世紀の教育論全般へ与えていた影響を解明することにある。
フェヌロンの女子教育論は、貴族の娘が家政を司る母親になることを目的とした点では確かにアンシァン・レジーム社会に根差し即する議論であったが、しかし、その枠内で女子に対する高度な知的教育も相応しい者については許容していた点が注目される。これがフランス革命以降、貴族に限らず、むしろブルジョワ層の家庭において女子への知識教育を積極的に推進する、当事者たちにとっては伝統的でも復古的でもない、新たな議論へ受け継がれていったかと考えられる。カンパン夫人やギゾー夫人の著作は、女子教育論のそうした展開に貢献した作品であったと解釈されるのである。, 日本学術振興会, 科学研究費助成事業 基盤研究(C), 2016年04月 -2020年03月, 基盤研究(C), 同志社大学
言語教育における地域語・国語・国際語の関係性に関する比較史的研究
長谷川 精一; 越水 雄二; 北澤 義之
言語教育における地域語、国家語、国際語の関係性に関して、単一言語主義と多言語主義・複言語主義との対比という視角からの日本とフランスとの東西比較に、アラビア語の発展と社会的機能に関する検討を加えて検討する《三角測量》の方法によって、教育と言語の関係について、言語教育の史的発展と地域統合・国民形成との関係という観点から、再考を試みた。, 日本学術振興会, 科学研究費助成事業 基盤研究(C), 2015年04月 -2018年03月, 基盤研究(C), 相愛大学
シャルル・ロラン『学校教育論』から捉えるフランス近代学校文化の形成
越水 雄二
パリ大学総長に生涯に二度選出された経歴でも知られるシャルル・ロランCharles Rollin(1661-1741)は、1726~1728年に『人文学を教え,学ぶ方法―知性と心につなげて―』(全4巻)を公刊し,1734年にはその『補遺』も刊行した。彼の著書は好評を博し,『学校教育論』という略称で呼ばれて19世紀後半まで国内外で広く読まれていった。
本研究は,そうしたロランの教育論の内容を日本では初めて本格的に検討し,19世紀前半までの受容を解明する作業も通じて,フランス近代学校文化の形成を新たに捉え直す試みである。, 日本学術振興会, 科学研究費助成事業 基盤研究(C), 2012年04月 -2017年03月, 基盤研究(C), 同志社大学
言語教育と地域語の関係に関する比較史的研究
長谷川 精一; 越水 雄二
本研究では、沖縄、ブルターニュ、ヨルダンという3地域における言語教育と地域語との関係を分析し、各地域での考察を比較検討した。沖縄に関しては、標準語(国語)教育が地域語(沖縄方言)に及ぼした影響についての歴史的経緯を、また、ブルターニュに関しては、地域語のブレイス語による学校を展開してきたディワン会が、近年は国家語への抵抗を超える二言語併用教育の実践に至っていることを明らかにし、ヨルダンに関しては、フスハーとアーンミーヤの域内的位相を検討し、地域機構やアラブ言語ナショナリズムの推進者(S.フスリー)研究とヨルダンの教育政策・制度の研究を並行的に進めた。, 日本学術振興会, 科学研究費助成事業 基盤研究(C), 2012年04月 -2015年03月, 基盤研究(C), 相愛大学
地域文化の変容からみた近代教育システムの形成に関する比較史研究
越水 雄二; 長谷川 精一; 北澤 義之
フランス第三共和政下でも明治維新後の日本でも、近代学校制度が設立される過程で、ブルターニュの地域言語ブレイス語と沖縄の「方言」が、学校で使用を禁じられ社会生活において蔑視される事態が生じた。ところが、第二次世界大戦後に建国されたヨルダンでは、欧米型の学校制度が導入されても、地域言語に対する顕著な抑圧は生じなかった。この相違は、ヨルダンでの国語に相当するアラビア語教育では、フスハー(文語)の習得が目的にされ、その学習が、日常生活に用いるアーンミーヤ(口語)との間に緊張を生じさせなかった点に由来すると考えられる。言語の特質と文化背景の違いにより、近代学校制度は国語教育を通じて地域の言語ひいては文化を抑圧する、とは必ずしも一般化できない。
もちろん、学校制度中心心の近代教育システムは、地域に根ざす文化を抑圧する機能をもっていた、しかし他方では、それが提供する知識や情報により地域文化の価値が再認識され、伝統が新たに創造されて、国民国家の中央集権的文化統合に対抗する根拠になった面、あるいは、人びとの社会的移動が促進され、地域と国家の権力および経済構造に影響を与える側面もあった。
本研究は、そうした多面性を探るため、次の3人物の思想をライフヒストリーとともに比較考察した。ブルターニュでは、農民出身で小学校教員となり、退職後は商店経営に携わってブルジョア化したジュリアン・ガルニエJulien Garnier(1867-1945)。沖縄では、戦前から戦後にかけて標準語指導に尽力し、学校教育界をリードした山城宗雄(1895-1964)。ヨルダンに関しては、若き日にフランスやスイスで近代教育を学び、第二次大戦後はアラブ連盟文化長官を18年間務めたサティ・アル=フスリーSati al-Husri(1882-1967)。彼らの生涯と思想に関する詳細と考察は、別途報告書に紹介する予定である。, 日本学術振興会, 科学研究費助成事業 挑戦的萌芽研究, 2007年 -2009年, 競争的資金, 挑戦的萌芽研究, 同志社大学
The Formative Process of Modern Educational System in France
Grant-in-Aid for Scientific Research, 2007年 -2009年, 競争的資金
フランスにおける近代教育システムの形成過程
科学研究費補助金, 2007年 -2009年, 競争的資金
フランス近代教育システムの基盤形成に関する研究
越水 雄二
本研究の仮説は、「近代教育システム」を<国民統合と社会的選別を機能とする人間形成の体系>と概念規定するならば、フランスにおいてその基盤が形成されたのは、革命期以前の18世紀中葉、すなわちアンシァンレジーム末期に遡られる、というものである。日本での従来の研究では、フランス近代公教育の成立過程は革命議会の論議に始まり、その思想的源流が啓蒙思想家の言説に辿られてきた。そうした研究が、革命前の教育の実態へ積極的関心を向けることは少なかったと言ってよい。しかし、本研究が着目したのは、1760年代以降、中等教育改革を推進した高等法院官僚によって、国民統合を目指す学校制度が構想されており、教師たちも教育内容や方法の改革に取り組んでいた史実である。そして、当時、イデオロギー上の立場に関係なく参照されていた理論が、1720年代末に公刊されたシャルル・ロランの『学問論』であったことを明らかにした。さらに本研究は、革命期にはコンドルセらの構想に賛同し、ナポレオン学制へつながる公教育の制度化に取り組んだJ・F・シャンパーニュに注目した。1800年に発表された彼の著作で注目されるのは、革命前の学校教育の在り方を全面的に否定してはいなかった点である。そして彼は、公教育において最も重要と見なす初等教育の制度化を、当時の財政状況に鑑みて、国家・政府に求めるのではなく、イギリスに倣い市民自らが行うように説いていた。この背景には、近年の実証的研究によれば、フランスでは18世紀を通じて、読み書きを教える学校が、地域差は認められるにせよ民衆にも遠い存在ではなくなりつつあったことが考えられる。以上によって、本研究は、フランス近代教育システムの基盤形成が、初等レベルの学校の普及と中等教育の改革という二つの側面から理論の形成と実態の変化に注目するならば、18世紀中葉に認められるという仮説の妥当性を提示し得たと思われる。, 日本学術振興会, 科学研究費助成事業 萌芽研究, 2001年 -2003年, 競争的資金, 萌芽研究, 熊本大学
現代日仏青年の他界観の生涯発達心理学的研究
山田 洋子; 加藤 義信; 越水 雄二
日本の大学生327人の他界観をフランスの大学生234人と次の3観点から比較調査し、以下の結果をまとめた。(1)この世とあの世の関係イメージ画調査。(2)たましいの形とこの世とあの世の往還プロセスのイメージ画調査。(3)他界観、死生観、宗教観に関する信念構造の調査。
1.現代青年の日仏他界観調査結果の分析
統計的データの総合整理と考察、質的データ(イメージ画事例)の整理と考察を行った。
2.文化比較を行うための理論枠組の組成、描画モデルの構成、生涯発達論への貢献
文化比較のためのモデルをつくった。また、実証的データをもとにボトム・アップで構築した基礎枠組モデル、たましいの形態変化を表象する描画モデルの作成を行った。2つのイメージ画で調べた「あの世とこの世の空間的位置」と「たましいの移行と形態変化」をライフサイクルや生命論と関連づけることで生涯発達論の新たな観点を切り開いた。
3.国際学会での研究発表
国際行動発表学会(2000年7月,北京)、国際心理学会(2000年7月,ストックホルム)等で発表し議論した。国際的な場で本研究の着眼点と方法論の独創性が高く評価された。
4.英語論文による研究発表
研究結果の一部を"Images of soul and circulatory cosmology of life : Psychological models of folk representations in Japanese and French youths' drawings"と題する論文にまとめた。
5.報告書(418ページ)の作成
日仏のデータを総合した結果、異文化にもかかわらず共通性が多く見い出された。詳しい統計的資料と具体的なイメージ画の個々の事例を網羅した資料的価値の高い報告書を作成した。, 日本学術振興会, 科学研究費助成事業 基盤研究(C), 1998年 -2000年, 基盤研究(C), 京都大学
18世紀フランスにおける教育思想と教育システムの変容に関する研究
越水 雄二
本研究の目的は、18世紀フランスにおける教育の変容を、当時の最も主要な学校であったコレージュcolle'geを対象として、思想と実体の両面から全体的に捉えて考察することであった。(コレージュは今日の中等教育機関に相当する。)平成11年度は、以下の3つの作業を中心に研究を進めた。
1.シャルル・ロランCharles Rollin(1661-1741)『学習論』Traite' des e'tudes(1726-28)の翻訳・検討
2.『学習論』がもった影響力の解明
3.フランス18世紀後半における教育改革の実態の解明
これらの作業から明らかにされた点と、前年度に報告した内容を総合するならば、本研究の成果とそれに基づく新たな仮説は次の3点に要約できる。
1.ロランの『学習論』は、教育の原理とコレージュでの教育を論じた著作である。前者については、人間形成の課題が幼児期から、また、女子も対象に含めて論じられている。後者に関しては、教育内容および方法の改善が、中世以来の伝統に立ちつつ学問の進展を積極的に摂取する姿勢で提起されている。
2.18世紀後半のコレージュ教師クレヴィエや、学校制度改革を推進した官僚ロラン・デルスヴィルなどの著作には、シャルル・ロランの『学習論』が基本文献として影響を与えていた事実が確認できる。
3.以上から、18世紀を通じたコレージュ教育の変容について、世紀前半にシャルル・ロランが行った理論上の集大成が、1760年代以降の改革動向の中で徐々に現実化され、それはさらに19世紀以降のブルジョアあるいはエリート層における学校教育と結び付いた教養を形成していった、という仮説が導き出される。, 日本学術振興会, 科学研究費助成事業 奨励研究(A), 1998年 -1999年, 奨励研究(A)